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熊本地方裁判所 昭和29年(行)34号 判決

原告 黒木武義 外一名

被告 国

訴訟代理人 元永文雄

主文

原告黒木武義の訴を却下する。

原告古屋雅美の訴のうち登記申請受理並に登記記入処分の無効確認を求める請求部分は之を棄却し、抹消登記の処分行為を求める部分は却下する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は、「熊本地方法務局登記官吏が別紙物件目録記載の土地、建物につき昭和二十六年六月二十二日訴外小川九八よりなされた所有権移転登記申請を受理し、同日同局受付第六六五一号を以てなした所有権取得登記並びに同登記官吏が右物件につき同年十一月十九日訴外小川九八、同宮本芳熊よりなされた所有権移転登記申請を受理し、同日同局受付第一〇七三二号を以てなした所有権取得登記の各受理及び登記記入処分はいづれも無効であることを確認する。被告は右各所有権取得登記の抹消登記の処分行為をしなければならない。訴訴費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として、「別紙物件目録記載の土地、建物は原告古屋雅美の所有であるが、原告黒木武義は右物件を担保に供し、昭和二十五年三月十日訴外小川九八より金七万円を利息月一割、利息の支払日毎月二十五日、弁済期日同年七月二十五日と定めて借受けたところ、同訴外人は原告黒木に右金七万円の借用証書を差入させると共に右物件を原告古屋より同訴外人に金七万円で売渡す旨の同原告名義の売買予約証書、日附を空欄にした売渡証書及び所有権移転仮登記並びに本登記申請の各委任状を作成させ、右各証書に同原告の印鑑を押捺せしめた上、先づ右物件に対する所有権移転の仮登記手続を了した。ところで原告黒木はその後右債務の弁済期日に借受金の弁済が困難であつたところから、債権者小川九八に弁済期の延期方を懇願したが同人はこれを聞入れず、右債権を他に譲渡するような口吻を洩すので原告等は本件物件は原告黒木の前記借受金債務の支払を確保する為の担保に供したに過ぎないもので、真実同訴外人に売渡したのではないから、前記証書による売買予約及び売買契約の無効を主張し、仮に無効でないとしても右契約はこれを解除することができるので昭和二十五年十月四日原告古屋に於て訴外小川九八との前記売買予約及び売買契約を解除すると共に同人に対する所有権移転登記申請の委任をも解除し、同日同原告より内容証明郵便を以て熊本地方法務局登記課長長島旭宛右登記申請の委任の解除及び前記原告古屋名義の委任状を以てする登記申請の不受理願を提出していたところ、その後同原告は従来同登記課に届出ていた印鑑証明書の印鑑(右委任解除通知及び前記委任状に押捺したと同一のもの)を亡失したので更に昭和二十六年二月六日同じく内容証明郵便を以て同登記課長宛改印の通知をなし、亡失した従前の印鑑を使用した登記申請は受理しないよう依頼し、右委任解除の通知は昭和二十五年十月五日、改印通知は昭和二十六年二月八日夫々同登記課長の許に到達した。従つて同登記課長は原告古屋より訴外小川九八に対する本件物件の所有権移転登記申請の委任が解除され、且つ同原告の印鑑が改印された事実を十分了知していたにも拘らず、(イ)昭和二十六年六月二十二日右小川九八が前記委任状を行使して申請した本件物件の所有権移転登記申請を受理し、同日同局受付第六六五一号を以て同人の為所有権移転登記を了し、次いで(ロ)同年十一月十九日右登記を前提として訴外小川九八、同宮本芳熊両名の申請に係る本件物件の所有権移転登記申請を受理し、同日同局受付第一〇七三二号を以て右宮本の為所有権取得登記をなした。然しながら右各登記申請の受理及び登記記入処分は次のような理由によりいづれも違法無効である。即ち元来不動産登記は原則として当事者双方の申請により登記権利者及び登記義務者又はその代理人が登記所に出頭し所定の方式に則つて申請することを要するもので、登記官吏は申請が代理人によつてなされるものについてはその代理権の有無はもとより当該申訪が方式に適合するか否かを審査しなければならないのであるが、本件に於ては前記の通り訴外小川九八が(イ)の登記申請をなす以前既に原告古屋より登記官吏たる熊本地方法務局登記課長宛同訴外人に対する登記申請の委任を解除した旨及び右登記申請の委任状に押捺した印鑑は改印した旨夫々通知していて、而も委任契約が何時でも解除できることは民法第六百五十一条の規定上明らかなところであるから、登記官吏としては前記委任状及び委任解除通知、改印通知並びに同局登記課に保管してあつた原告古屋の従前の印鑑証明書の印鑑を互に照合審査することにより訴外小川九八は右登記申請をなすにつき原告古屋の代理権限を有しないこと及び申請書添附の委任状の印影が改印後の同原告の印鑑の印影と相違することを十分知り又は知り得た筈であつて、右申請は代理人に代理権限がなく且つ方式に適合しない不適法なものとしで当然これを却下すべきであつたのである。然るに同登記課長がこと茲に出でずたやすく訴外小川九八の前記(イ)の登記申請を受理して登記の記入をなしたことは重大な職務違反行為であつて、このような登記申請の受理及び登記記入処分は、当事者双方の申請によらなければ申請を受理してはならない筈の不動産登記法の原則を無視し単に買主一方のみの申請によつてなされた同法に違背する絶対無効の処分であり、かかる無効の登記を前提としてなされた前記(ロ)の登記申請の受理及び登記記入処分も亦当然無効たるを免れない。

而してかかる無効の登記申請の受理及び登記記入処分はこれを取消して登記自体を抹消し速に原状に回復しなければならないこと勿論であつて、原告黒木武義は本件物件の所有者ではないけれども、本件物件を担保として金員を借受けた債務者で、本件物件についてなされた前記各登記申請の受理及び登記記入処分の無効を確定しこれが抹消を得なければ物上保証人たる原告古屋より原状回復損害賠償等の請求を受ける虞があるからかかる不利益を避ける為、本件物件の所有者である原告古屋と共に本訴を提起するにつき正当な利益を有するので、茲に原告等は共同して請求の趣旨記載通りの判決を求める為本訴に及んだと陳述し、被告の本案前の抗弁に対し、新憲法の下では違法無効の行政処分によつて権利を毀損された者はすべて裁判所に行政訴訟を提起して救済を求め得るものであり、又登記簿上の名義人でなくても登記に事実上の利害関係を有する者であれば当該登記処分の取消無効を求める利益を有するものであると述べた。〈立証 省略〉

被告指定代理人は先づ本案前の抗弁として、「原告等の本件訴を却下する。訴訟費用は原告等の負担とする」との判決を求め、その理由として、

(一)  原告黒木武義は本訴につき当事者適格を有しない。同原告が本件物件の登記につき直接法律上の利害関係を有しないことは同原告の主張自体から明白なところであるから、同原告の本訴は下適法として却下を免れない。

(二)  原告古屋雅美の本件訴も亦訴の利益がない。登記官吏は不動産登記法その他の法令により定められた手続に基き登記事務を処理するものであるが、登記申請が受理され、登記籍に記入された場合には不動産登記法第百四十九条の二の例外的な場合を除いては最早職権を以てこれを抹消することはできないのであつて、若し登記官吏が登記簿上の利害関係人に無断で既になされた登記を変更し或いは取消し得るものとすれば我国の現行登記制度は根底から覆えされる結果となる。従つて登記官吏はたとえ登記申請の受理及び登記記入行為の無効確認を求める判決が確定したとしても該判決により登記を抹消すべき法令上の根拠がないわけであるから、このような判決を求める訴は結局訴の利益を欠く不適法な訴として却下せらるべきであつて、若し登記の無効を理由にこれが抹消を求めるのであれば登記簿上の権利者を相手方として登記の抹消手続を求むべきで、これが唯一の救済の途である。

(三)  仮に登記官吏の違法な登記受理行為が面接行政訴訟の対象となるとしても本訴中登記の抹消を求める部分については裁判権がない。現行法上裁判所が国又は行政庁に対して行政処分を命ずる裁判をなし得ないことはいうまでもなく、国に対して登記の抹消をなすべきことを命ずる判決を求めることは畢竟裁判権のない事項について裁判を求める不適法な訴である。

と述べ、以上被告の本案前の抗弁が総て理由が無いとしても原告等の本訴請求は尚次の理由により失当である即ち本訴物件につき熊本地方法務局登記官吏が夫々原告等主張の日その主張のような各登記申請を受理して登記の記入をなしたこと、右登記申請を受理する以前原告等主張の頃二回に亘り夫々内容証明郵便を以てその主張のような文書が同局登記課長の許に送達されたこと及び原告等主張の登記申請の委任の解除及び登記不受理願と題する書面に押捺されていた印影が、原告等主張の委任状及び従来原告古屋から同法務局に提出されていた印鑑証明書の印影と同一であることは認めるが、登記官吏はたとえ右のような委任を解除した旨の書面の送達を受けても右書面だけでは真実当該登記申請の委任が解除されたか否か不明であり、これを実質的に審査する権限はないので、申請書添附の委任状に押捺された印影が登記所に届出保管されている印鑑証明書の印影と同一である以上正当代理人による登記申請として受理せざるを得ないし、又登記所に対する改印届は不動産登記法施行細則に定める方式によらなければ改印の効力を有しないから単に原告等主張のような改印通知がなされても従前の印鑑証明書の印鑑による登記申請の受理を拒否し得ないのであつて、いづれにしても本件に於て登記官吏が登記申請を受理して登記をなしたことは正当であつて、これを無効とすべき理由はないと述べた。〈立証 省略〉

理由

本件物件につき原告等主張の日夫々その主張のような登記申請の受理並びに登記の記入がなされたことについては当事者間に争がない。以下原被告間の争点につき順次判断する。

(一)  先づ原告黒木武義の当事者適格について按ずるに、元々行政処分の取消無効を求める訴の正当な当事者となるためには当該行政処分に直接法律上の利害関係を有する者でなければならないのであるが、原告黒木が本件物件の所有者でなく、又登記簿上表示されている抵当債務者でもなく単に事実上これを担保とする消費貸借上の債務者に過ぎないことは同原告の自認するところである。同原告は本件物件についてなされた登記申請の受理及び登記記入処分の無効確認を求めなければ物上保証人たる原告古屋より法律上の責任を追及される虞があるから原告黒木に於ても右処分の無効を求める利益を有する旨主張するが、右主張のような法律関係は面接には原告等相互間の法律関係から生ずる問題であつて、本件登記処分に由来するものではなく、単に本件物件によつて担保される消費貸借上の債務者であるということだけでは本件登記申請の受理及び登記の記入処分に直接法律上の利害関係を有するものとはいえないから原告黒木は右処分の無効確認を求めるにつき正当な利益を有しないものといわなければならない。

(二)  次に被告は原告古屋雅美の本件訴も亦其の利益が無いので不適法たるを免かれないと抗弁し其の理由として登記申請の受理並びに登記記入処分についてはこれが取消乃至無効確認の判決が認容されても登記官吏は該判決により登記を抹消すべき法令上の根拠を有しないから、かかる判決を求める訴は訴の利益を欠き不適法である旨主張するけれども、現行不動産登記法上登記官吏が申訪によらず登記を抹消することのできる場合が全く無いのであれば格別、後にも述べるように極めて限定された範囲ではあるが職権で登記を抹消し得る場合もあり、且つ不動産登記法第百五十条以下に於て登記官吏の不当処分に対する救済の制度として異議申立の途を開き異議につき登記官吏及び監督法務局又は地方法務局の長のとるべき措置を規定しているのであるから、確定判決により登記処分の取消無効の判決が確定すれば関係行政庁は右判決に拘束せられる結果、登記官吏、監督法務局又は地方法務局の長は当然該判決に基き相当の処分をなすべきものであつて登記申請の受理及び登記記入の無効確認を求める原告古屋の訴は、其の請求が理由あるか否かは別として被告主張のような理由で訴を不適法とすべき道理はなく、被告の右主張は採用できない。

(三)  そこで進んで原告古屋との関係に於て、本件登記申請の受理及び登記記入処分の無効確認を求める請求の当否については検討する。抑々行政処分に違法があり、其の処分を受けた者の権利を侵害した場合は裁判所に対し、右違法処分の取消を更に右違法が重大である時は無効の確認を求め得るのであるが行政処分が違法であるからと言つて無制限に之を取消し又は無効とし得るものではなく、当該行政処分を為した行政庁自体に於て之を取消し得るもの又は自ら取消し得ないにしても本来取消しに親しむ性質のものに限り判決を以て之を取消し又は無効を宣言し得るものと解するを相当とする、不動産登記法第四十九条によると登記官吏は登記の申請が同条各号に該当する時は右申請を却下すべきことを規定しておるので登記官吏は申請を受理するに当つては、其の形式的審査権の範囲に於て登記申請人の同一性代理人の代理権限、其の他申請書が要件を具備しておるか否かを調査すべき義務のあることは当然で、登記官吏が誤つて同条各号に該当する申請書を受理し、登記の記入を為した場合、右受理並に登記の記入処分が違法であることは勿論であるが、之等の違法処分が総て行政訴訟の対象となり得るか否かは一つにこの場合の行政主体である登記官吏が之等の違法処分を自ら取消し得るものであるか又は自ら取消し得ないにしても本来取消しに親しむものであるか否かにより決定される。不動産登記法第百四十九条の二乃至五によれば登記官吏は登記完了後、其の登記が同法第四十九条一号二号に該当することを発見した時は職権で登記を抹消すべき旨を規定しておるので、登記官吏が之等の規定に違背して職権抹消を為さない時は行政訴訟により右記入処分の効力を争い得ることは、もとよりであるが、之と反対に同法第四十九条三号以下に該当する場合は総て行政訴訟の対象となり得ないかどうかと言うことは前記法条からだけでは解決し得ないところで其は一つに前記例外の場合(同法第四十九条一号二号)とそれ以外の場合(同条三号以下)とに於ける本質的差異を検討することによつてのみ決定し得るものと言へる、即ち右例外に該当する場合は其の過娯の程度は他の各号の場合とは比較にならない程重大で而も其の登記記入処分の違法であることは登記簿の記載自体に徴し明白である上登記官吏自身に之が抹消を許すとしてもそのことが登記権利者や登記義務者の実体的権利関係に影響を及ぼすことも殆ど想像されないのに反し同条三号以下に該当する場合は、一旦登記が完了した後に於ては前二号の場合とは異り、登記簿上の記載だけは果して登記の記入に過誤があつたかどうか、仮に過誤があつたとして申請から記入に至る迄の何れの段階に於て過誤があつたのか、更に其の過誤が形式的な申請手続だけに基因するものか或は実体的権利干係に迄繋がるものであるか否か等につきこれを判定することは容易でないのみならず仮に違法な登記の記載であつても一旦之が登記された以上、登記された者は登記簿上は権利者たる地位を有するものであるから若し前記例外の場合以外に於ても職権による登記の抹消を許すと言うことであれば登記簿上の権利者となつた者の地位が全く不安定となり、権利関係の発生、移転、消滅等を公示するための登記制度に副はないことになり、其の不当であることは論を俟たない。従つて右例外の場合以外は其の性質上登記完了後に於ける職権による抹消は勿論裁判による取消も許されないものと言うの外なく右例外の場合以外の登記記入行為の違法は仮に其が明になつたとしても、登記権利者と登記義務者との民事訴訟上の解決に委ねる以外に解決の方法は無いものと解するを相当とする、即ち登記完了後裁判所が遡つて申請の受理及び登記記入処分の取消又は無効の裁判を為し得る場合は同法第四十九条第一号「事件が登記所の管轄に属しない時」同条第二号「事件が登記すべきものに非ざるとき」に登記申請の受理があつた場合に限られるのであるが原告古屋の主張するところが右第一号に該当しないことは勿論、第二号も登記申請が本来民法其の他の法令により認められない登記事項を目的とする場合であると解するならば同号にも該当しないことは其の主張自体に徴し明白である、即ち本件に於て同原告の主張するところは前記小川九八に対する登記申請の委任解除を原因とする申請不受理の主張であり更に根本に遡れば本訴物件に対する同人の所有物自体を争うものであつてみれば、前述の理由により之が解決は当然同人との民事訴訟により為さるべきものであるから本件登記申請に際し、同原告主張のように申請委任がすでに解除されていたものであるかどうか、又右のような事実があつたとして其が本件登記申請の受理並に登記記入処分を違法ならしめるものであるか否かにつき判断する迄もなく右各処分の無効確認を求める原台古屋の請求は失当である。

(四)  次に原告古屋の訴中右登記記入処分の原状回復として右登記の抹消の処分行為を求める部分につき按ずるに裁判所は行政訴訟の被告となつた国又は行政庁に対し、其の違法な行政処分を取消すことはできるがいかなる場合に於ても積極的に処分行為を命ずる裁判は其の性質上為し得ないところであるから之の部分の訴は其の前提となる登記々入処分無効確認の請求が認容されない本件にあつては勿論、其が認容される場合でも当然不適法たるを免かれない。

仍て原告等の本訴中原告黒木の訴は全部不適法として却下し原告古屋の訴中本件登記申請の受理並に登記記入処分の無効確認を求める部分は失当として棄却、抹消登記の処分行為を求める部分は不適法として却下することとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十三条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 浦野憲雄 下門祥人 田原潔)

目録〈省略〉

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